FC2ブログ

0411

4がつ11にち げつようび はれ 桜が満開






こんにちは。


8日の夜から、さっき、11日の朝にかけて、
宮城県の石巻市に、震災の手伝いをしに行ってきました。


はじめ、
すごく近しい人以外には言わないんだろうと思っていたのだけど、
今帰ってきて、その気持ちが、変わりました。

日記をかきます。
自分のまとめっていうよりは、これを見てくれてる、ひとにむけて。
だいぶ長くなってしまうと思うけど、
時間のある時にでも、もし読んでくれたら、すごく嬉しいです。







今月の21日に、ロンドンに発つのだけど、
その前にわたしは絶対、東北に行かなきゃいけない、っていう気がしてました。
こうして同じ国に起こっていることを、よその国にいく者として、日本人として、
理解をしたい、っていう気持ちが素直に、一番強かった。

これが不謹慎、と言われてしまうのか、とか、
おまえがいってもどうしようもできないでしょ、とか言われたら、って思うと、返せる自信はなかったです。
自分が現地にいって、どういう気持ちになるのかも全くわからなくって、
何の作業をするのかできるのかもわからなかったし、ただまず体力が必要なことは間違いなくって、
足手まといになりたくない、不快な気持ちにもさせたくない、
余震も怖くないかっていったら嘘になる。
でも、行くんだろう。そう思ってたし、その覚悟は、してました。

でも実際の手段とか期間とか、どうしたもんだと思ってたら、
apbankさんっていう団体が、週末だけの一般ボランティア参加を募集しだしたっていう情報をたまたま教えてもらって、申し込みました。
学生さんから社会人の方、定年退職後の方まで、全国からいろんな人が集ってました。
前日の震度6の余震があって、参加者は少し減って、
100人強くらいなのかな、10人位のチームを作って、8日の夜に東京から、夜行バスで現地に向かいました。

石巻に到着、被害が少なかった広い大学の敷地内に、自衛隊の方々や色々なボランティアの団体がテントを貼って泊まっていました。
土曜日は各チーム分かれて、町の民家の、津波で溜まったヘドロを出す作業に出ました。
車で移動、変わっていく景色を見て、すごく緊張してきて。
ぺしゃんこになった家、打ち上げられた船、壊れてしまった町がそこにありました。
地面を覆っている、初めて見たヘドロは、絵の具みたいに真っ黒でした。
それでも私達一般市民が入れるようになったここは重機も入って随分とよくなった方で、橋の向こうは地平線状態だと聞きました。

でも実際に見て、そこにあったものは、
やっぱり自分の町じゃなくって、よそで起こったことでした。
自分事の感覚には、やっぱりなれませんでした。


そのことに整理がつかないままぼんやり指示を待っていたら、ひとりのおじいちゃんが来て、
家にある食器を洗うのを手伝ってほしい、って言われて、同じ班のお姉さんとふたりで向かいました。

日の光だけの薄暗い、ドロと水で浸された、壊れてしまったおうちで、そのおじいちゃんと、手伝いに来た息子さんの一家が作業をしてました。そこに数えきれないほどのたくさんのお皿があって、私達はそれを、小さなお孫さん達と一緒に洗うことをしました。
後々、そのお皿が、おじいちゃんの奥さんの集めているものだったこと、その奥さんが流されてしまったことを聞きました。

水が出ないから溜めたドロ水でお皿をこすることしかできなくって、結局もう一度洗う必要があって、
でも必要な作業で、人手が足りなくって、とても助かりました、ありがとう、って帽子をとって深々と頭を下げてくれたおじいちゃん、その家族の方々に、わたしはなんて言っていいか全然わからなかった。
すごくぐるぐるした気持ちになって、集合時間が来て、班に戻りました。


どうしたらいいのかわからない、変な状態で、
まとまらない気持ちを班の人にぽつりぽつり、言いました。
そうしたら、
壊れてしまったものや、汚くなってしまったものを思い出すんじゃなくって、これからきれいにすることを考えなきゃだよね。って言ってくれて、
ああ、そうなんだなあ、そのために、来てるんじゃなきゃ、一体なんなんだって、
本当に、なんだか胸がつまって。
そこから気持ちを持ち直すことができました。

私の班は7人。
みなさん年上の、色々な職業の方で、月曜も朝から会議、そういったスケジュールの中、参加されてる人もいました。
全員が、本当に、ほんとうに、すてきな人たちでした。ほんとうに。
完全な防寒や防災道具をそろえて、みんなで分け合って、いろんなことを話して、たくさん笑ったりもして、テントの夜をすごしました。
0度以下にもなる寒い夜だったけれど、貸してくれた湯たんぽがすごく暖かくて、ぐっすり眠れました。
夜の外での全体打ち合わせが長引いていたら、ホッカイロが回ってきました。
そういう、人たちでした。
夜、少し大きな余震もあったけど、みんな一緒だから安心だったし、頼りっぱなしでした。
経験を積んでることの厚み、深み、そういうことがしっかりした安定感を生み出していて。
すごい。ほんとにすごいなあ。
その場で即席でつくられた、年も出身も環境もバラバラの、二日間限りのチームだったけれど、
なんだか、もう、何なんだろう人の縁って。
そう思うことしかできないです。


日曜日は、石巻市全体として復興に向けて動き出そう、っていうイベントのもと、
各ボランティア団体が合同でドロだらけになった道をきれいにする、総勢500人の大規模な掃除が行われました。
中には外国の人も少なくなくって、日本語を話せる、こっちに住んだり留学してる人、ただこのためだけに来た人、色々な国から、日本のために、手伝いに来てくれていました。

班ごとで場所を割り振られ、ブラシとシャベルでひたすらに手を動かすこと数時間。
すごい量のドロや建物の破片を除去し、大人7人できれいにできた道は、たったの10数メートルでした。それでも、500人で掃除をした結果、駅前の方だけだけれど、石巻の道が見違えるほどきれいに、人が通れる状態になりました。
確かにその場が明るくなっていて、単純にすごくうれしくって。

ただただ、本当に全員が必死に、街の復興に向けて、できることをやろうとしていました。
主催の方々も、市長さんも、現地の方々も、一緒になって、集団の力で。
みなさん本当に疲労が溜まっているのがわかって、事態の変化に応じて動くしかない、手探りな状況下で、
偽善だとか満足感とか何だとかそういうことは今すごく陳腐で、
そういうことを言ってる場合じゃないんだ、みんなでやるしかないんだ、ということに気づきました。

私達のやったことは、女の子でも、若い人でも、本当に誰にでもできる、なんてことない作業でした。
でも、それが必要だっていうこと。
機械でできないことが、マンパワーには出来るっていうこと。


一応持ってきた、似顔絵の道具は使う気配すらなかったし、
ものづくりがどうとか、特別なことは何もできていない、
そういうことをする時ではなかった。
きっと、そのへんを変に気負ってたところもあって。
ただの、本当に微々たる、一人の人間でしかなくって。
でも、確かに、復興に向けての一歩になれたんです。



ボランティアって言葉のひびきが難しくなってるところはみんな感じていました。
でも偉いとかすごいとかそんなんじゃくって、もっと普通に、軽いかんじで、
困ってる人の手助けをする、ちょっと行ってくる。
その位の感覚でみんなやってくれば、どんなにかそれが力になるか。少しでも早い復興につながるか。
主催の方が、そう言ってました。
これはツアーじゃない。現地に行くことの覚悟と責任は絶対必要だけれど、
でもねえ、わたしたち、行けるよ。手伝えるんだよ。ほんとに。



それでもこれだけの人数でできた範囲、作業は全体のほんの一部でしかなくって、
到底人手が足りなくって、それが今、本当に必要とされている状況だということを知りました。
まだまだこの先、下手したら何年も、復興に向けてこうした活動や人手は必要で、
継続していくし、団体も増えていくだろうし、
遠くの人たち、働いたりしていても来やすい体制も確立されていくんだと思います。

一度でも来ようか迷って、来れる状況にある人は、絶対に来た方がいい。
そういう感想が出てました。そうなんだろうなあ、と思いました。




わたしは、ここに来て、本当に、よかった。
みんなにまた絶対に会いたいし、数年後、石巻にまた行きたい。
与えたことよりも、得たことのほうが、ずっとずっと多かった、
本当にそう思います。

だから、こうしてここに書きます。

もし、参加をしようと思っていて、わからないことがあったりしたら、
私に言えることは何でも言うので、聞いてください。
あくまでも、たとえば行かないことで自分を責める必要は全くないし、
そういう風に聞こえてとまどわせてしまったりしたら、ごめんなさい。

いろいろな意見や、反応や、行動があって当然で、
ただ行ってきた者として、わたしは言葉にして、伝えようとする責任があると思ったんです。






自然の力には何人たりとも勝てないし、
勝とうとするもんじゃない。
だけど、人を動かすのはやっぱり人で、
人をつくるのも、人 なんだということ。


そんで、じぶんのことも、まわりのことも、
事態をなにかしら良くするために必要なことって、
本当に、ちいさなちいさな勇気、だけなのかもしれない。







さてと、おしまいです。
あと10日で、日本といったんお別れです。自分が何のビザで行くのか、未だによくわかってません。
会いたい人も、時間も、やることも、挙げたらきりがないけど、
ここでいまこうしてられて、後悔してなくて、よかった。


長々とした文章、
読んでくれて、どうもありがとうございました。








よだん
土曜日、一日雨予報の中、ギリギリのところでポツリ雨で保ってられたのは、
唯一の長所の晴れ女パワーだったんだって、勝手に信じてます。








コメント

非公開コメント