at present

12月12日


ちょっと思うことがあって、
すんごく久しぶりにブログをかいてみる。
わたしは知識もないし、何においても一人前と言うにはほど遠いけれど、
今のこの感情を書き留めておくことが大事な気がしてる。


12月、師走。
ロンドンにいる最後の冬。街はクリスマス一色で、人々がにこにこプレゼント選びを楽しんでいる。
怒濤の卒業論文期間によって見えたことはすごく大きくて、これからの方向性がだいぶクリアーになったし、決心がついた。

ただ、ずっと前からアンクリアーなことがある。
ここで生活していて、日本で起こっていることについての関わり方の難しさ。
怖いのは ゼロになれちゃうこと。なんとなく別の世界として生活できちゃう、なんとなく。
もちろん世界を断ち切ることも、どんな選択もその人の生き方だけれど、
アイアム ジャパニーズからアイデンティティが生まれ、自分の国について考える機会は格段に増える。
でも母国で起こっていることに対してすごく他人事になる、そんな矛盾が少なからずある気がする。


発信と受信の付き合い方をどうするのか、
どのくらいの情報量を「知っている」と捉えるのか。
うーん。


政治は生き物だって言われるように、本当に本当にsensitiveで難しい。
正しいと見なされることは その時代で変わっていく。
相反する意見は個人間の関係性にも影響する。
でも私たちには関与する権利と責任があって、発信も容易にできて、
そうした行動ができるのは今の時代の私たちのいる国の 本当に喜ばしいことだし、
どんな考えだろうと自分の名前を出して堂々と述べる以上は 尊重されるべきこと。
だから色々な考え方や選択があっていい、それはみんなわかっているはずなのだけれど。


何の話題でも、世間で起こっていることはろくに追えてない私だけれど、
波紋を呼んでいる新しい法案について少し調べてみると
それはもう膨大な、あらゆる方向のものの言い方が行き交っていて。
そして私は一部の報道陣に対して 前々から少しあった、嫌な感情が強くなってしまった。


わたしの家の近くにはArsenalのサッカーチームの場所があって、
いつもファンのオッサンたちでぎゅーぎゅーになってる。
いいなあ 好きなんだなあ、と思う。
愛があって応援しているからこそ、もっとこうするべきだ それは良くないと堂々と言える。それがサポーター。
自分の国に対しても、そういうことなんじゃないかと思うのだけれど
応援じゃなくって潰しだとしか思えない行動が驚くほど多いことに対して
「そういうもんだ」で片付けるべきなのだろうか。

よその国との付き合い方なんて想像しやすいわけがないし、
身近なことで不安になる要素はいくらでも尽きない。
平和で安全じゃない国が良いなんていう人がいるわけがない。
それをわかりやすく説明してくれるのが専門家の役目で、
情報を届けてくれるのが報道機関の役目なんだと思うだけれど、
どうしてここまでも、不安を煽って 不信感ばかり生むようなことばかり流す人たちがいるのだろう。
後ろには、私の想像なんて遥かに超える難しい事情があるのかもしれない。
ただその「伝えます」のやり方は違う。違うとおもう。


疑うことはもちろん大事。
でもその前に、自分たちで一度決めたことや人に対して、
もっと信じてみること、それが欠けている気がしてしまう。
そうしづらくさせる壁が 多すぎるのか。
誰かのせいにするループは、どこに終着点があるんだろう。



一年前も日本中が分かれていて、どっちが勝つの渦にのまれていて、
街頭演説は 敵味方の世界になっていて すごく難しかった。
ただ今の難しさは、論点が別々の場所にありすぎて、
何/誰を支持するかで 着地点が大きく変わってしまうことに感じる。
どうしたものかなあ
わからなくなって、母親にそのまんまメールを送ってみたら、
なんともストレートな意見が返ってきて、なんだかとても安心した。世の中がどう変わろうと、かあちゃんはかあちゃんだ。

確固たる自信があるわけじゃなくって、
問いつめられたら詰まっちゃう部分もたくさんある。
だけど今の自分はこう思っている、ということに対してはできるだけ 堂々としていたい。
それでたとえ考え方の違う人がいても、なるべくちゃんと 話し合える姿勢でいたい。
それができる関係性は、本当にうれしいことだと思った。


いつものようにやりとりをしていた友達と
みんなで分け隔てなく、もっともっとざっくばらんに ニッポンのこと、話せたらいいのにねえ、って 話をした。
自分の名前を出して発言はする。はいって挙手するように。
でも、明確な結論なんて 最初から持ってなくたっていい。目的は考えること。みんなで。
政治とか思想とかそういう話題はなぜだかものの言い方も、反応のとりかたも難しくしてしまうけれど
変にかしこまっちゃうんじゃなくって、もっときがねなく 思うことを話し合えたら。


別のお友達からもらった言葉。
結局のところ、しなやかに素朴に、を心がけて生きることなのかなあ、という気がするよ。
自分で足を運んで考えること、信頼できる生の声を持った人を周り(物理的には離れていても)に持つこと、
きれいな月を見たり、草を踏んだりすること。
僕たちの周りをいくら情報が膨大に流れるようになって行っても。





日常に対して、自分のいる社会に対して、未来に対して、できるだけ ポジティブでいたいと思う。
それでもって自分だけじゃなくって 他の人々もそうなれるよう活動をしたいと思う。
それは表現をする身としてというより、ひとりの大人としての役割なのかも と思うようになってきた。
周りにプラスのパワーを与えているひとはどんな職業にもたくさんたくさんいる。
そんな人間にわたしもなりたい。
ものづくりパワーを使って、陽の光をサンサンふりまくこと。

私たちは私たちなりに できることをがんばるつもりなので、
国の仕組みを精一杯、良くしようと努めてください と、政治家のひとたちに伝えようと思った。

http://www.kantei.go.jp/jp/iken.html



なんてまとまらない気持ちと、自分へのメッセージ。
やれよおまえ、言ったからには!



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威風堂々 in わんこ

コメント

がんばれー☆応援してるよ
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